そして「僕は、1996年の6月にジャニーズ事務所に入りました。オーディションを受けて。僕は最初は野球にいきたかったんだけど親が5000円くれるっていうことでまんまとつられて行きました」と入所した当時を振り返り、「6月16日にオーディションを受けた後、その3日後には雑誌の撮影に呼ばれてその2日後にはテレビに出てました。とんでもない1週間です。こんなにも変わるのかと。今、思い返すと自分の人生がそこで色づいたような気がしてます」と回想。入所してから「3年近くジャニーズJr.というところにいてジャニーズの先輩たちと、しこたま練習をして先輩たちのバックにつき背中を見てジャニーズのエンターテインメントというものを学びました」と話した。
続けて「1999年の正月、僕はやめると伝えていたんですがその年の11月にデビューすることになります。まあ、これは1か月ぐらいの話だろうと思いながら活動していたんですが気づいたらカウントダウンを見ていてまだ嵐だな、なんて。モヤモヤしていたんです。年が明けて2000年の4月、多分、5日だったと思うんだけれども僕らが初めてコンサートを大阪で迎えることになります」とデビュー当初について語り、初のコンサートを経て「すごく声援をもらったときに自分の感情論では、もう動いてはいけないんだろうなと。ネガティブな意味じゃないですよ。達観したというか、教えていただいたというか、悟りをひらかせてもらったというか」と心境の変化を明かし、「このジャニーズの歴史の1ページを僕らが担わなきゃいけないんじゃないか。そういうふうに思いました」と当時感じたことを振り返った。
そして、二宮は「そこから色々あって26年半経ちましたが僕は、本当にこのツアーでは、いろいろ目標っていうかタスクを掲げていたんですが。全身全霊で全力で向き合うとか、ちゃんと最後まで5人で立ちきるとか、感謝を伝えるとか。色々ある中で、最後の1つ、最終公演でしかできなかった事ということで言うと、この約30年間のジャニーズ人生を終えようと思います。終われてなかったなと。勝手に終わって、勝手になくなっていったなという気持ちが強かったので。勝手ではあるんですけども、今日僕は、ジャニーズ人生を終えます」と宣言した。
最後には「僕がジャニーズで学んだことはできるか、できないかではなく、やるか、やらないかです。できるからやるんじゃない、できないからやらないんじゃない。やるんです。だから、もしなにか人生で迷うことがあったら、教訓は強すぎるかもしれないけど、ちょっとでも思い出してくれたら前に一歩進めるんじゃないかなというふうに思っています」と自身の経験を経て感じたことを伝えた二宮。そして「本当にみんなに出会えて良かったし。ただ、二宮さんファンの人たちはまたどっかで会いたいなと思ってますよ。なんか寂しいなと思ってる。それが一番寂しい。また…そう、会えるようにさ。あの…私も頑張るから。みんなも頑張りましょう」とファンへ呼びかけ「本当に26年半、楽しかったですしいろんな経験をさせていただいて本当にありがとうございました。配信を見てる皆様も本当にありがとうございました。最高です。大好きだよ。ありがとう」と最後の言葉を締めくくった。
二宮和也「今日僕はジャニーズ人生を終えます」入所から30年― 嵐として最後に語った胸の内「勝手になくなっていったなという気持ちが強かった」【コメント全文】(モデルプレス) - Yahoo!ニュース【モデルプレス=2026/06/01】嵐(大野智・櫻井翔・相葉雅紀・二宮和也・松本潤)が5月31日、東京ドームでラストライブ「ARASHI LIVE TOUR 2026『We are ARASHI』news.yahoo.co.jp
確かに性欲の凄さは異常だな
人と組織は別ってことやろな
嵐の時にはもうEDだったんじゃ
フェラで勃起させられてジャニーさんの尻穴に入れさせられた方だろ
老人の尻穴にチ●コ入れるとか異常者ですわ
ナニを使ったのか知らんけど
全てを受け入れるてこたなんだよなぁ
ジャニー後期で衰えもあっただろうし
拡張はされたろうが逃げ出した奴らよりはマシなんだろうなぁ
後ろ足で砂かけて出ていった恩知らずな奴らより二宮は義理堅い
嵐はジュリーだしそう単純な話ではない
性犯罪ジャニー喜多川事務所について
BTSも男同士でキスしたり乳首出したり同類だよ
すごいねぇあ
最初の数年間だけが色彩豊かな思い出という感じだ
早くやめたかったけど途中で無理だと気づいて観念したみたいな流れもなんだか恐ろしい
そして異常な環境で育った連中が様々な事件やスキャンダルを起こしてる
にも関わらずジャニー喜多川への追及は甘々で終わり事務所もタレントも名前や所属を変えただけで今も商売してる




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